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2005年11月

2005年11月30日 (水)

11/30(水)時差ぼけ;パソコン問題

mama_003今朝は雪。インディアナポリスは北海道と
同じ位の緯度なので、45年も昔だが
旭川に3年住んでnamiが生まれたので、
寒さは知っているつもり。でも生活は
まるで違う。年月の移り変わりを家族の
生活に照らし合わせて、折々に考えてみることになる。

reikoの時差ぼけは少しも進歩が無くて、3時半から
目が覚めて眠れない。
12時にアルコールを飲んで寝て、CDの睡眠用の
音楽を聴いて寝ても長く寝られない。
目が覚めて又CDを二回聞いても駄目なので5時に
起きることに。
昼からお買い物に出かけたが
相変わらず歩きながら眠っている。

今回は留守を守ってidumiさんがうちに住んで
くれているのでうちのことは何にも心配する
ことが無くて、気分はとてもリラックス。

余りご無沙汰なのもいけないと思ってメール
を送ろう
と思うのだが、これが思うようにいかない。
今までに無い問題があることが分った。
ノートパソコンを持ってきたし、日本で既に
インディアナポリスのNiftyの接続の設定も
済ませてきたから、さてと思ったら
namiの方の電話もパソコンも新しくなっていて
すんなりいかない。
namiが忙しくてゆっくり取り掛かることが出来ない。
さしあたってブログなのだから、インターネットに
接続すればブログ日記に書き込みは出来るはず。
これは確かに便利でパスワードを入れればメールも
見ることが出来るし、写真も取り込むことが出来る。
でもやっぱり自分のパソコンでないのは困る。
何となくやりにくい。
そこで接続できるまでは自分のパソコンの
メモに記録
しておくことにした。

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2005年11月29日 (火)

インディアナポリスの家へ・11/29

SonyGroup 朝起きて庭を見ると、すっかり葉が落ちた庭は未だあちこちに落ち葉が集めたままになっている。黒のゴミ袋が沢山出来ている。今年から落ち葉を入れる袋は30以上は出せないそうだ。どこもごみ問題は悩みなのだろう。庭の変化は大きい古い木を切り倒したこと。中が空洞になっている切り株は短く切って置いてある。植木鉢になりそう。

庭の中央にある鳥の水のみ場の横に子猫がいる。

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2005年11月28日 (月)

アメリカへ出発・11/28の日記

2005_1129_064820AA 2005_1129_064839AA

 12時すぎいづみさんが来て駅まで送ってくれた。肱南バスで松山空港へ。1時間で料金は300円上がって1,800円。今日は5人だったがとても便利。一人しか乗っていないということもあるようだから、料金が上がるのも無理はないといづみさんも言っている。

松山空港でお蕎麦を食べて関西空港へ。お天気は良くて暖かい。はがきを書いて数通送った。いつもなかなか書けなくて、空港で書くことになる。

予定通りアメリカンエアラインで午後4時35分出発。11時間15分かかるとのこと機内は満員。椅子と椅子の間が狭いのは仕方が無いが、椅子の背にテレビが付いていて、映画やラジオを選択して、フライトの記録も刻々と知らせる画面がでるのが良い。高度、速度、所要時間が分る。ダラスフォートワースは遠いようだが実際はシカゴやデトロイトより2,3時間早く着く。実際に日本のテレビを一つ見て、夕食と朝食が出てそれほど苦痛ではなかった。食事は夕食はにぎりも付いて、デザートも美味しかったが、朝食はパンにジュースと缶詰の果物でまことにお粗末。

ダラス空港で入国の時に困ったことが起こった。税関を通るのに大変な人で、1時間半はかかった。結局1時間40分の乗り換え時間では間に合わなくて、次の便に乗ることになった。シカゴも大きいと思ったが、それどころではない。シャトルバスでゲイトからゲイトへ行くのに、空港を見渡すと、信じられない広さ。10年前に来ていた時とは全く違っている。ゆうに松山市の広さはあるのではないだろうか。一つのゲイトの中が松山空港ぐらい。

午後5時10分に乗れなかったので、次の午後9時の便に乗ることに。カウンターの人が「到着は夜中の12時になるが良いですか?」と聞いたので「大丈夫です。」と答えたが、「駄目」と云ったらどうなるのか。itiroとreikoは別々の席。殆ど満員。もし席が無かったらどうなるのかと、又ちょっと冷や汗。

飛行機便の変更を奈美に伝えるのにコレクトコールで電話をかけた。出発前に奈美から万一の時はコレクトコールでかけなさいといわれていたのが、本当に万一のことになった。テロのようなことではなくて良かったが、何が起こるか分らないとはこの事で、準備は怠り無くが教訓。航空会社は1時間40分の乗り換え時間で良しとして、切符を発行しているし、間に合わなければ国内線なので次の便でと思っているかもしれないが、乗客側もよく考えておかなければならない。

このダラスフォートワース線は廃止になっていたのを、11月から復活して、記念発売でお得料金になっている。搭乗手続きが日本航空カウンターなので、あれ?と思ったら、JALと共同運航だった。

テキサスは暖かい所だが、それにしても皆の服装は冬支度とは云えない。私達も上着は脱いで少しも寒くない。3時間余りの待ち時間をどう過すか。待合所の椅子はテーブルも付いて、いろいろな方向に向いていて大変座り心地が良い。テレビがアメリカンフットボールの試合中継で、インディアナポリスのコルトが勝っている。試合のルールは何時までたっても良く分らないが、今インディアナポリスでは町中大騒ぎだろうし、何となく興奮が伝わってきて面白い。

食べ物は奈美の注文で買ってきていたオニギリを失敬して、ここで我々のお腹に入れることにした。何て美味しいのだろう!!!アメリカンフッドも悪くはないけれど、鮭、海苔の佃煮、明太子、おかか、梅干のおにぎりがやっぱり最高!

さて予定通りにインディアナポリス空港に12時少し前に到着。時差があるので所要時間は2時間。未だ雪は降っていないが、外気は寒い。家に着いて、新米が炊いてあるというので、食べてみるとカリフォルニア米だがすごく美味しい。お風呂に入って、日本流のお布団(ベッドではなくて)に入り、足をのびのびと伸ばして眠りにつく。大洲を28日の12時に出発して、同じ28日の夜12時にアメリカに到着して、一日得をした感じ。でも実際は14時間送れで、大体一日遅れという感じ。

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2005年11月27日 (日)

出発準備

今日の日曜日は”大洲教会だより”の発行日。今回初めて編集過程で編集委員の牧師さんを含めて3人がメールのやり取りで完成にこぎつけた。先ず夫々集まった原稿を分担して打ち込んで、そのファイルをメールでやり取りをして、最後に私のところで大体の編集をして、今度は出来上がったものをフォルダごと皆に送信し、意見を聞き、手直しをし、最終的には牧師のOKが出たところでコピー。白黒の印刷なのでカラーの写真は編集時点でフォトレタッチで色を抜き、明暗をつけておくと少しは良くなるが、今後の課題。何方か教えて頂けないだろうか。

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2005年11月26日 (土)

お墓参りに來洲:準備

2005_1126_103154AA 2005_1126_102731AA 岡山の方で、ルーツは大洲にあって、今回は結婚されて奥様を連れてお墓参りに。お天気も良くて大洲の秋を楽しんで下さった。

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アメリカ行きの準備は滞りなくと言える。なにしろ、うちに住んで下さる方は3年前にもうちを手伝ってくださった若い方なので、何でもお伝えさえしておけば万事OK。私達二人は自分のことだけ忘れ物をしないように注意怠らないこと。

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2005年11月25日 (金)

紅葉第二弾:大洲市立博物館へ

2005_1125_162528AA 真ん中の黄色い銀杏の木は40年余り前に郷土館設立後、松山の八木先生という植物学者が新宿御苑の銀杏の木の苗をここに植えて下さった。実はならないけれど美しい色。城山には他に4,5本の銀杏の木がある。天守閣を建てるので、殆どの木を切ったが、紅葉と銀杏と桜の木は残した。

2005_1125_161204AA 大洲藩の武具展を見に、市立博物館へ。学芸員の方が一人で頑張っておられる。うちの武具もお貸ししたので見たいと思って出かけたが、幸運にも一台分の空きがあって入れた。駐車場があっても狭いので必ず入れるとは限らないので、入らない時は引き返すしかない。公民館と同居でどちらが間借りしているのか分らない感じ。いずれ広い所に博物館が建つことを誰もが望んでいると思う。

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2005年11月24日 (木)

松山へ・itiro定期健診

予報は晴れなので、濃い霧だと思っていたら、高速に乗る頃、霧ではなく雨。午後は晴れたのでやれやれ。松山の病院でお友達に会うのが楽しみ。帰りは海回りで魚屋さんで、太刀魚とモイカを買って帰り、焼いて美味しい。

機関紙の作成が夜になって完成。メールと電話で連絡取りながら、作業が出来るのはすごいなと感心しながら。

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2005年11月23日 (水)

長浜へ

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2005_1123_125704AA 青年会の歌声!あああ~~~

2005_1123_152055AA 日本基督教団長浜教会で分区修養会。講師の先生は落語がお得意で、お話が面白くて、難しいお話も笑いに包まれながらうなづいている。アメリカの牧師さんのユーモアもさることながら、日本の話術も又独特。

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2005年11月22日 (火)

片付け:ワードで紙面作成

midori古い家の片付け掃除。「快適生活は捨てることから」新聞記事が目に飛び込んできたが、現実は困難なのです。

ワードで紙面を作るのはホームページを作るのとは違うので、教会の機関誌を作成する時は、家庭新聞を作る時と同じように、又実用書を片手に一つ一つ思い出しながら脳を奮い立たせなければならない。ワードはいろんな事が出来るが、いろんな細かい設定を自分で丁寧にしていかないと出来ないという面倒さもある。

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2005年11月21日 (月)

自然の変化:ハービー

2005_1121_165154AA 1日にして紅葉の変化激しい。

2005_1121_165512AA ハービーは何を思っているのか?

1年の締めくくりに押し入れの整理。二人で確認をしながら、捨てていく。アメリカへ出発の前に何が起こっても良いようにと、心がけは良いのだが、簡単には進まない。

今日はちろりんさんたちが来るので、準備をする。

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2005年11月20日 (日)

伝道集会

2005_1119_074205AA やっと銀杏が色づいて、寒さも本格化。

2005_1120_130715AA Tuji Tetuko先生をお迎えして。

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2005年11月19日 (土)

「郷土」

温故知新に「郷土」掲載開始

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2005年11月18日 (金)

冬支度

2005_1117_150346AA 寒さに弱い鉢物を室内に。ベゴニヤが寒々しい庭に紅をさしたよう。

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2005年11月17日 (木)

少し紅葉:基督教について

2005_1117_151348AA 北の国とは比べようもないけれど、我が家の周辺もちょっとだけ紅葉の始まり。

インフルエンザの注射に家庭医のところへ。中国で鳥インフルエンザで死者がでている。もし蔓延すれば大変なことになりますよ?

友達が来て日向ぼっこをしながら「田舎の生活は良いものね!」。彼女の所に今日は東京から兄弟姉妹がやってくるそうだ。

昨日の祈祷会は遅くまでデイベートをしたので少し興奮したが、今日もitiroと二人で続きのデイベート。55年間共に教会生活をしてあきもしないで聖書の話。午後に来訪の教会の友を交えて又話が尽きない。嬉しい時が流れていく。

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2005年11月16日 (水)

庭仕事・葉牡丹

2005_1117_150742AA 庭の花木の散髪。midoriさんと3人で「さっぱりしたね。」と自然に言葉が出てきた。切った木を土手側で焼くのはitiro。私は葉牡丹でデコレーション。

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庭のあちこちにいつの間にか出来る花のデコレーションも。

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2005年11月15日 (火)

減量リバウンド:皇族の結婚

昨日はお肉が食べたくてレストランへ。カロリー表示があるので気をつけて選んだつもりだが。。。パン屋で甘いのや肉やチーズの入ったパンを買ってしまった。柿、イチジク、みかん、何もかも甘くて、ヤバイな!と思いながら、美味しい。夕方1時間も歩いたのだけれど。

今朝の計量で1キロ増。いくら減量ストップでも1キロはまずい。itiroはそれほどでもない。

讃美歌練習でせいぜいお腹から声を出して歌う。itiroは平野の歯医者さんへ私が車で送って、帰りは1時間かけて、歩いて帰る。途中大漁屋でお魚を買って帰るのがお定まりコース。今日はマグロのステーキと地エビ。地エビはうちで酒蒸しにする。

今日は一日NORINOMIYA様の結婚式で日本中の人達がテレビを見ているのではないだろうか。私も母の着物の縫い物をしながら、なかなかおやりになるじゃないと感心しながら見ていた。暗いニュースばかりなので、こんなに日本人の良い面を世界に発信できることを誇りに思っている人は多いのではないだろうか。sintaroさんの挨拶は彼らしいやり方で、意味深な問題を含んでいる言葉だと推察したがどうだろうか?

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2005年11月14日 (月)

散歩道・五郎

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2005_1114_170004AA 西の空に雲が多くて、日が早く暮れてしまった。4時過ぎから5時過ぎの1時間大洲の野菜の産地の五郎の畑の周りを歩いた。白菜畑の隅に黒猫。ビニールハウスのバックは神南山(かんなんざん)。土手の向こうは肱川。この土手を車で行くのも大好きで、今日は畑の中の道を歩いて大満悦。

今日の午前中はmorimotoさんの納骨式で新しい共同墓地に新しいお墓ができた。先日教会の納骨堂に納骨されて、新たに家族のお墓を作って分骨をされた。青空をバックにして、牧師さんはイエスさまは墓の中には居られなかったという復活の話をなさった。

先日、音楽祭で歌ったモーツアルトの”アベベルムコルプス”の歌を思い出して歌いたくなる。モーツアルトが死を前にして作ったと言われる”救い主の祈り”。

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2005年11月13日 (日)

悲惨なニュース

老夫婦の焼身自殺や高校生の刺殺事件は考えるだけでも身の毛がよだつ。高速道路で7人死亡。中東での爆弾テロは毎日のように死亡者の数が報告される。人間の命の重さはどうなっているのだろう。

こんなニュースを聞きたくないと思っても逃れることが出来ない。アメリカにいれば、数年前までは日本のニュースは殆ど耳に入ることがなかったが、今は朝日新聞とNHKはいつも見れるし、インターネットでもニュースはいつでも見ることができる。地球上で楽園と言える所は?

友達が訪ねて来ても、話題はニュースの話。「人の生き死には決められているのだろうか?」ラジオで人生訓を話している。「元気で長生きするには笑いがなくては‥」考えれば考えるほど笑えないんですけど。

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2005年11月12日 (土)

秋晴れ:itiro大分へ同学年会

2005_1112_104946AA 2005_1112_105106AA 昨日とは打って変わっての青空。裏の柿の実はお隣のだけれど、小さいけど美味しい。玄関のアメリカン花水木の紅葉が目立ってきた。

大分大学付属小学校卒業は61年前のこと。17名のうち4名女性。大分マリーンパレス水族館で、昨年新しくなって「うみたまご」。同級生が関わっているので、特別観覧。中には車椅子の人も。楽しい会だったそうだ。

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2005年11月11日 (金)

雨降り

寒くなって、一日中雨で、こんな時は明るいニュースが欲しいとおもっていたら、namiからの庭の紅葉の写真を送ってきた。目にするもの全てが紅葉と言ってもよいくらい美しい風景になる。

SonyGroup05nov2

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2005年11月10日 (木)

発掘調査:サフラン

2005_1109_151321AA インイーさんのサフランです。黄色いのは一つだけ実が止まったかりん。

2005_1110_110332AA 2005_1110_120246AA 今朝から郷土館横を手で掘って、古い石垣の跡がそのまま残っていることが分ったそうだ。川側の方はシャベルカーで深く掘ったがレンガの欠けらだけで何も無かった。というのは石垣の北側は昔は土手は無くて、そのまま川に繋がっていたから。

2005_1110_110412AA 掘っている側の壁に蝉がへばりついていた。

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2005年11月 9日 (水)

昔の人の技・着物の仕立て

2005_1110_144139AA midoriさんが「この花というか実は”狐の顔”というのですよ」と言う。そういえば狐に似ている。花はナスの花のよう。彼女が来て掃除をしてくれるので、私も元気を出して大掃除。

母達の着物を次々に二部式着物に直しているが、その仕立て方の丁寧なこと。特に被布というコートは細かい縫い方が見事で感心してしまう。羽織の裏地もチラッと見えるだけだけれど美しい柄。人目につかないところを飾る美学というか、奥ゆかしさというか、技だけではなく精神面もそう言えるものがあるのだろうか。これはちょっと考えてみなくては。

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2005年11月 8日 (火)

「チョングムの誓い」・黄砂

今朝庭を見ると、折鶴ランの苗が黒くなっている。昨日は強風で霞んでいると思ったら、黄砂だから洗濯物は屋外へ出さないようにとの警報。強風と寒さと黄砂だとすると思い出すことがある。BSで「チョングムの誓い」を見ているが、その中で黄砂の時の水を沸かして使う話が出てくる。本家本元の中国では黄砂対策はどうなっているのだろうか?インイーさんに尋ねてみたい。

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2005年11月 7日 (月)

探し物・「郷土」

itiroが筆箱がいると言う。幾つかあるはずだけれど、今は使わないからどこにしまったか忘れてしまった。文箪笥、引き出し、押入れの積み重ねた箱など探しているうちに、こんな物がこんな所にとか、大量の写真とか、手紙類とか、これは大変どうやって片付けようかと座り込んでしまった。

でも大事な物のありかをつきとめる事ができた。父が発行していた『郷土』。これを「温故知新」(楽天ブログ)に掲載する予定だったので、早速取り掛からなければ。

筆箱は三つも出てきた。

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2005年11月 6日 (日)

永眠者記念礼拝:市民音楽祭

今日の説教で、キリスト教の死者に対する考え方を大変分りやすく話して下さって、記念会に出席されたご家族のクリスチャンでない方々も安堵されたのではないかと思う。

私達は残念ながら、今日は市民音楽祭にコーラスで出演するため、途中で失礼しなければならなかった。

最初に児童合唱団と一緒に、「真っ赤な秋」などの懐かしい歌を歌い、微笑ましい合唱が出来た。私達のコーラスは”シルバー”と言ってもいいくらいだが大いに歌い、楽しませてもらった。

ピアノ、エレクトーン、ブラスバンドとどれも小、中、高、大人が一緒になって、演奏を披露。田舎の町の手作りの音楽会は面白い!

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2005年11月 5日 (土)

火傷の薬:国際小包料金表

2005_1104_103405AA 水引草が抜いても抜いてもどこかで、米粒ほどの赤い花が水引が数本散らばっているように咲いている。

焼けた鍋を触って、右手親指の平を真っ白く焼いてしまった。直ぐにタッパーに氷を入れて、水道水を流して冷やした。マニュアルには15分とあるが、ひどいので30分、未だ水から出すと痛むので、更に30分氷水に指をつけたまま食事をした。左手で物を掴むのは何と不自由な!「半身不随になったら、こんなことではすまないのだから、練習しとかなくては。」と私。するとitiro曰く「なったらなった時のことだよ。」

火傷はというと少し水ぶくれは出来たが全く痛まない。触っても痛くないので、さっきの覚悟はどこえやら、せっせと右手を使って仕事。

アメリカへ小包船便を数日置いて2度出した。領収書をみると料金は倍ぐらい違うし、種類も”第2”と”第3”とそれぞれ違う。問い合わすと来てくださいとのこと。種類は窓口で間違っていて、アメリカは第3、料金は重量のちょっとした違いでかなりの差が出ることが分った。

そこで、インターネットで料金など詳細を調べた。ナットク!おっくうがらないで、先に調べておけばよかったのだ!

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2005年11月 4日 (金)

庭の花・黄色と白の花:「昭和が面白い」

2005_1104_103527AA 2005_1104_103631AA 買った時の札に「浜菊」とあったが、私の好きなマーガレットに似ているが、丈は低くて重厚な感じの花はどんどん咲いている。つわぶきも咲き始めた。長浜の海辺に群生してしるつわぶきは美味しいそうで、粕漬けにして売っている。

NHKの「ほっとモーニング」で昭和が懐かしいと盛り上がっている。大洲にはもう既に「ポコペン横丁」が昭和の匂いをプンプンさせて、古い町並みで賑わっている。城下町だから良く気をつけて見ると、江戸時代からの物が其処此処にのこっている。人々が生活する息遣いと古い佇まいの町全体が息長く残っていけば良いと思う。

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2005年11月 3日 (木)

アメリカへ送る荷物調達

椅子はどんな種類でも溢れるほどあるけれども、座椅子という物は皆無。コタツはシカゴの日本のスーパーで買うことが出来た。家全体を暖房しているので不自由は無いが、北海道ほどの寒さなので、コタツはやっぱりほっとする暖かさ。テレビを見るのに座椅子があるとまるで日本的。namiの希望なので探して回る。

食べ物は大抵の物はあるが、数の子がほしいとの事。1キロの塩漬けがあればお正月らしくなるでしょう。

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2005年11月 2日 (水)

子供神輿:お地蔵様・五郎

2005_1102_111238AA 大洲まつりが始まって、真っ赤なはっぴを着た子供神輿が元気いっぱい。

明日は大名行列など賑やかになる。

2005_1102_141919AA 2005_1102_141955AA 2005_1102_141850AA 友人に教わって花の苗を買いに行った所に、お堂があって韓国の”かんはん”という儒学者の記念碑が建っている。城の二の丸の記念碑は良く知られているが、五郎の無人駅の山際にあることは知らなかった。下の記述にある、大洲に連行される時、肱川の五郎という所で溺れるところを助けられて、大洲人の人情に触れたとの話は知られている。拡大すると詳細が分かる。

⑦ 鴻儒姜沆(かんはん)顕彰碑(二の丸)  (大洲市HPの歴史の項より写す)
 姜沆(1567~1618)は朝鮮の儒学者で、豊臣秀吉の「慶長の役」の時、大洲城主だった藤堂高虎の軍の捕虜となり、大洲に連行された。大洲では約10ヶ月の生活のあと京都に移され、藤原惺窩(ふじわらせいか)に出会い、朱子学を教えた。のち惺窩の弟子林羅山(らざん)が徳川家康につかえ、江戸幕府の教学の中心になったことから、姜沆は日本近世朱子学の父といわれる。姜沆は釈放され、朝鮮に帰ったあと、「看(かん)羊録(ようろく)」という本を書き、この中に大洲での生活も記述している。平成二年(1990)「姜沆記念碑を建てる会」により、この地に建立され、日韓友好の絆(きずな)となっている。

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2005年11月 1日 (火)

akamatuファミリー

2005_1101_171439AA 親子ほど年の違う友人二人。赤松ファミリーメンバーで強力な助っ人隊員。今日はグッドタイミングで、積もるお話に時を忘れて楽しい時を過した。

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